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Yuka Shiobara, Nanae Mitobe

"A Masterpiece of Landscape"

14th May (Sat),  – 4th June (Sat), 2022

Hours: 13:00-19:00

Closed on Sundays

YOD Gallery is pleased to present "A Masterpiece of Landscape" by Yuka Shiobara and Nanae Mitobe.

 

Shiobara and Mitobe share the same studio yet take completely different approaches to paintings. In this dual exhibition named "A Masterpiece of Landscape", the common ground between the two artists will be revealed. 

 

We hope that you would enjoy the exhibition! 

『傑作な風景』に寄せて

 

 傑作という言葉で何を思い浮かべるだろうか?もし風景画が思い浮かんだら、それは印象派ではないか確かめてほしい。19世紀後半にフランスのアカデミーが主催していた公募展であるサロンに落選した画家たちが集められ、落選展と称された不名誉な展覧会からマネやホイッスラーなどの多くの画家が生まれた。印象派と呼ばれる一派も落選展出身である。保守的なアカデミーが標榜していた画題のヒエラルキーの中でも、風景画や風俗画は宗教画や肖像画に比べて格下とされていた。つまり、印象派は「落選」にふさわしい画題とタッチでサロンに挑んでいたということである。しかし、この出来事と現代における揺るぎない印象派の評価が意味することは、傑作がいかに自律的ではなく社会によって左右されるか、ということであり、かつ、作品は傑作というレッテルをそれまでの「傑作」から剥ぎ取り、自分のものへ貼りなおすことが可能であることだ。おそらくアーティストにとってはそういった戦いが作品を一つ仕上げるごとに起きているのだろう。本展で展示されている塩原と水戸部の作品においてもそのようなものを見ることができる。

 

 塩原は「名画」と呼ばれるもの過去の絵画作品を拡大し、再解釈することを自身の画題とする。たとえば、本展において最も目を引く《spray-paint, ankle, machinist, kick, turn out, dropper》はドラクロワの《民衆を導く自由の女神》を、もとに描かれている。塩原が本作において引用している部分は女神が描かれている部分でなければ、蜂起に参戦する勇敢な人々ではなく、すでに倒れているもの、女神の下敷きとなるものたちである。ことさら、彼女が着目したのは下半身裸で倒れている青年である。しかし、鑑賞者の多くは彼女の作品の引用元を一目で断定することはできないだろうし、明るい色彩をベースに絵の具を重ねてゆく彼女の制作方法はあえて撹乱させているようにもうつる。そのような眼差しのあり方と制作手法で彼女は「名画」をなぞりかえし、織り直しては編み直す。テキスタイルのように編み直され、「名画」は全く別のイメージへと変貌させてゆく。その試みは、彼女が選んだ「名画」における主題までをも組み替える。

 一方で水戸部はSNSで眺めるものをルポルタージュや日記の方法で絵画にしてゆき現代の風俗画を描く。本展では、《National Gallery renames Dega’s Russian Dancers as Ukrainian Dancers》と題された3点組の作品を展示する。直訳すると「ナショナルギャラリーはドガの《ロシアの踊り子たち》を《ウクライナの踊り子たち》として改名した」となる。2022年4月3日に英ガーディアン紙が伝えたこのニュースは、ロンドンのナショナルギャラリーがドガの作品に描かれた踊り子たちが青と黄色の飾りをつけていたことから作品名を変更したものであり、ロシアのウクライナ侵攻に大きく影響されている。

 彼女の作品タイトルはネットニュースの記事見出しであるため、タイトルをそのまま検索すると該当のニュース記事を読むことができる。また、ドガの《ウクライナの踊り子たち》とは全く構図が異なった似て非なる踊り子が描かれている。インデックスとしての作品タイトルと、SNSでつぶやくようにおぼろげな記憶を頼りに素早い筆致で描かれる水戸部のドローイングはSNS時代における風俗画のあり方を作家のスタンスもろとも体現する。

 両者は絵画へのアプローチも作品の質感などもまるで異なるが、同じ屋根の下で製作に励むアトリエメイトである。本展で初公開となる共作《spring in Idleness》は塩原と水戸部が交互に2回ずつ加筆を加えていった。自身の画風を妥協せずに行われた往復書簡のような作品は、彼女らの個々の作品には見ることのできない新鮮さが生まれている。

 

 また、彼女らの個別の作品が一堂に会した本展では、彼女らの色彩の使い方からあらわる「かしましさ」と「重厚さ」が共通していることが見て取れる。塩原の絵画は、彩度の高い色をメインカラーにドットやストライプ、チェックなどを描き、絵の具の膨らみやツヤによりきらめきや鮮やかさがより一層引き立つ。水戸部は多くのマテリアルをキャンバスの中に含め、顔料をメディウムとして扱うため色彩がオリジナルの色として残り続ける。両者ともに多くの色彩と質感が画布の中にあるはずなのに、抑圧された画面となる。

 風景画は印象派に端を発し、抽象絵画や心象風景をそのまま画布に現出させる超現実主義などモダンアートの広がりを見せ、革新的な風景表現は写真という新しいメディアにとってかわられた。しかし、かといってそれが絵画の衰退とは決して言えない。塩原と水戸部が絵画を通じて行いたいことは彼女らが見てみたい風景の現出であり、彼女らは過去の傑作から自らの絵画でそれらを奪取しようと試みている。

 

檜山真有(キュレーター)

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